、貧しい百姓の二番目の息子として生れたということです。十四歳の時に村をあとに江戸へ出で、それからさまざまの憂《う》き艱難《かんなん》を経て、ある時は相模《さがみ》の大山石尊《おおやませきそん》に参籠《さんろう》し、そこで二十四の時に真言《しんごん》に就いて出家をとげ、それより諸国を修行し、或いは諸所の寺々の住職をし、廻国修行のうち四十五歳の時、常陸《ひたち》の国、木喰観海上人の弟子となり、木喰戒を継いで、それより四十年来の修行、およそ日本国、国々山々、岳々島々の修行を心がけ、ついに大願を成就《じょうじゅ》した。その廻国の途中到るところに寺を建て、堂を営み、自家独得の素朴なる仏体神体の彫刻を無数に遺して、九十三歳の高齢で大往生を遂げた、それが今いう木喰五行上人のことである。
 木喰というのは、肉食をしない、すべての美食を断って単純な菜食に帰するのみではなく、すべての火食を避けた、菜食にしても、火にかけたものは食べることをしないのが即ち木喰である。四十五歳より一生の托鉢《たくはつ》の間、この木喰戒を守り、転々の一生を送ったのだが、与えられない時は、木の葉や草の葉で飢えを凌《しの》いでいた。
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