八をまた伏して拝みましたので、いよいよ与八がもてあましてしまいました。
もとよりこっちは木喰でもなければ五行でもなし、上人様などとは以ての外、正真正銘の沢井村の与八に違いないのですが、先方がどうしても上人様だと信じ、そう決めてしまって拝むものだから、どうにも言い解く術《すべ》はありませんでした。正直な与八は何とも押すことができないのです。しかし、木喰五行というのは、ともかくもこのお婆さんと同じ郷里にあって、そうしてその上人様が世にも稀な生仏《いきぼとけ》のような徳の高い坊さんであったということは想像されるのです。
他国者の自分は、そんな珍しい人が、この近所から出ておいでなさるというようなことは聞いていなかったが、幸いこの機会に、このお婆さんにお聞き申して置いて有難いお手本にすることだ、というような気になりましたものですから、与八は、お婆さんをつかまえて、そのいわゆる木喰五行上人の行状に就いての昔話を聞くことになりました。
このお婆さんの語るところによると、木喰五行上人というのは、ここから南へ下って富士川を距《へだ》てた西八代郡《にしやつしろぐん》の丸畑《まるばたけ》というところの
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