りに押しかけて来ました。そうして仏像をきざんでいる与八の姿を拝む者が続出して来たのには、当人の与八がわけがわからなくなってしまいました。
ある時、一人の婆さんが数珠《じゅず》をつまぐってやって来て、与八が板の間で説教をしているのを子供たちに混って聴聞《ちょうもん》していたが、それが済むと右の婆さんが、ずかずかと与八の直ぐ前まで進んで来て、数珠をさらさらとおしもんで、
「南無木喰五行上人さま、よくお出まし下さいました、わたくしは丸畑《まるばたけ》のトミでございますが、お見忘れはございますまい」
と言って、与八の前へ恭《うやうや》しく伺いを立てられたので、与八がホトホト当惑してしまい、
「わしは木喰五行上人なんてものではございません、わしは武州の沢井村の与八でございますよ」
と弁解すると、そのお婆さんはいっかな聞きいれないで、
「どういたしまして、あなた様は木喰五行上人様のお生れかわりに相違ござりません、わたくしは、あなたのうちの直ぐ隣りにいた切《きり》ふさのトミでございます、あなた様が先の世で四十五歳の時に木喰戒《もくじきかい》をおうけになって、国へお帰りになさいました時に、ちょうどこ
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