に置いて、猿のような眼をみはって、お雪ちゃんの面《かお》を見つめたままでいますと、
「友さん、一ついかが」
と言って、お雪ちゃんが目籠の中から、珊瑚《さんご》の紅《くれない》のような柿の実を一つ取り出して、米友に与えました。
「有難う」
米友は、腰にさしはさんでいた手拭を引出して、いまお雪ちゃんから与えられた珊瑚のような柿の実を、一ぺん通り見込んでから、ガブリとかぶりついて、歯をあてるとガリガリかじり立てました。
「甘《あま》いでしょう」
「甘めえ」
「もう一つあげましょう」
「有難う」
お雪ちゃんは、まだ幾つも目籠の中に忍ばせているらしい。それを一度に幾つかを与えては、当座の口へ持って行く手順に困るだろうと心配して、わざわざ一つずつ目籠から出しては米友に与えるものらしい。
「むいて上げましょうか」
「いいよ、いいよ」
お雪ちゃんは摘草用《つみくさよう》の切出しを目籠の中からさぐり出して、米友のために柿の実の皮を剥《む》いてやろうと好意を示すのを、米友はそれには及ばないと言いました。それはそうです、米友として、皮と肉との間のビタミンを惜しんでそうするわけではないが、この珊瑚のよう
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