の学校となって行きました。
 そこで、親たちは、自分のガキ共を、山仕事、野良《のら》仕事の手伝いをさせる時間を割《さ》いても、与八のところへよこすようになりました。そうなると与八も時間の規律を立てた方がよいと思いまして、何の時に集まって、何の時まで何をして……という時間割を定めたのです。その次に時間割を等分するために、これも手製の一つの漏刻《ろうこく》を備えました。
 瓢箪形《ひょうたんがた》の一方に砂を盛って、その一方が一方に満つるまでを一時《ひととき》として説教と読み書きそろばんの時間を区分しました。
 そうして、なるべく少ない時間で多くの効果をあげるように、そうして他の多くの時間は、家々の稼業《かぎょう》のために使わせるようにしなければならないと思いやりました。しかし、雨の降った日などは、特別に時間を延長したりしてやることもあります。
 あるお天気のよい日、今日はこれでおしまい――と子供たちを散校させると、ぞろぞろ外へ出て、以前の悪女塚の前の小径《こみち》を下ろうとした一隊が急に歩みを止めて、男の子供がけたたましく、
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ヘービモムカデモ
ドキアレ
オレハ鍛冶
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