しての与八は、大したものではありませんけれども、沢井の時の経験から、この子供たちを導くにはどうやら不足がない。
「いろは」を教え、「アイウエオ」を教え、「一二三」を教え、やがて手製の大算盤《おおそろばん》をもって、寄せ算、かけ算を教えはじめました。
 子供たちは、文字を知り、数を覚えることの興味に吸い寄せられて来ました。子供たち自身よりは、驚異をもってうごめき出したのはその子供たちの家庭でした。日に一字ずつ覚えて帰る、お辞儀のしかたも覚えて帰るガキ共を見て顫《ふる》え上りました。
 あの薄馬鹿のようなデカ者は、親切である上に先生が出来る! あそこへ子供をやって置けば間違いはない! 子供もよい癖がついた上に、読み書き、そろばんまでも教えて帰される!
 彼等の親たちの大多数は無学でした。お触れのかきつけを読むことも、嫁の里へやる手紙を書くこともできないのが多いのですから、文字を有難がることは金玉《きんぎょく》のようです。その金玉を毎日一つずつ拾って帰る子供を見ると、それを拾って帰らす人の功徳《くどく》を驚異せずにはおられないのは当然。
 こうして与八の家は、おのずから説教の壇上となり、教育
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