ともかく、与八としては背面の悪女は悪女としての芸術を惜しみながら、自分は自分としての表現を、鑿と槌とに打込んでいる次第なのです。
 与八がこの彫刻をはじめ出した前後から、不思議と子供たちが、この地点と、新しい台座と、作事小屋との近くに、一人|殖《ふ》え、二人殖えつつ集まり出して来ました。彼等は皆、ここによい遊び場を見つけたとして集まって来る。もとより藤原家の子供ではありません。
 この附近を中心としての遠近の村里の子供が、ようやくこの地点へ群がり出すようになってきました。
 その子供たちが、誰が教えるともなく、山から採って来た花卉《かき》を、与八のこしらえた新しい壇のまわりに植えはじめました。
 現在、花の咲いている草もあり、木もあり、来春を待って花を持つべき種類のものもある。それを壇の周囲に植えることを楽しむようになりました。
 そうして彼等はまたこの遊び場でおのおのの遊戯を持ち出して戯れ遊ぶ。ある時、女の子の一群が、お手玉をはじめる。
[#ここから2字下げ]
こここめばら
さいたかどん
天神弓矢の松原どん
お江戸の花が
咲いたかどん
たつみやのお裏の
ばらぼたん
一枝おくれ吉野さん
前へ 次へ
全208ページ中191ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング