つもりか鑿と槌とを打捨てて、再び右のグロテスクを抱えると共に、その大力を利用してクルリと石像の裏返しを行なってしまいました。
そこで、今までは仰向けに与八と睨《にら》めくらをしていた悪女が、今度はすっかり後頭部と背中を見せてしまったものです。
それから後に、何の用捨もなく、与八が右の悪女の後頭部と背面に鑿と槌とを振いはじめました。但し、こんどは砕く目的ではなく、彫る目的のためでありました。つまり悪女の後頭部及び背面を別の手法もて、すっかり彫りつぶそうとの目的であることが明らかです。
そうして、何を与八の彫刻術がそこに表現を試みようとするか。
一日二日して、ようやくそのえたい[#「えたい」に傍点]がわかるようになりました。その表現の顔面――それは悪女像を説明するような小むずかしい知識を必要としない、本来与八の有する彫刻術の技能はそれよりほかに表現の方法を持たないところのもの、つまり沢井の海蔵寺以来の手練――与八は、悪女の裏に地蔵様の面影《おもかげ》を彫りつつ彫り進んでいるのであります。
二十六
こうなると、どちらが表面で、どちらが裏面だかわからなくなるが、
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