悪との表情におびえ出したとも思われません。ただ、なんとなく槌を下ろすのに忍びない、すでに塚を取崩して平地にしてしまった以上、その本尊様を粉に砕いて、人目に触れしめないようにすることが当然の親切でなければならぬが、さて、こうして当面して見ると、
「そうだなあ、こりゃ大した魔物には魔物に相違《ちげえ》ねえけれど、これまでに丹精して作ったものだ、形は魔物であるにしろ、その人の丹精というものはおろそかにならねえからな、これだけに仕上げた人の骨折りを思うと、それを無下《むげ》にする気になれねえ、魔物はブチ壊してえが、人間の丹精は惜しいなア」
与八が鑿《のみ》を振わんとして、振い得ない理由はそれでありました。
実際、このグロテスクなるものは、観賞眼の乏しい与八の目を以てしても、それが魔物であり、悪女の像であることは熟知していて、その意味から悪魔払いのために打ち砕くべきが当然であることを深く自認しながらも、作そのものの異様にして、同時に非凡なる或る力に打たれないわけにはゆかなかったのです。
この悪女像の表現に於ては、「年魚市《あいち》の巻」に次の如く書いてあるのを、少し長いが改めて引用する。
前へ
次へ
全208ページ中186ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング