事の間は、主人は他の仕事に与八を使わないことにきめましたから、与八は、ここへ仕事小屋を建てて寝泊りをして、郁太郎を遊ばせながら、お銀様の悪《あ》しき丹精を、片っ端から解消にとりかかっているという次第なのです。

         二十五

 実際、与八のこの仕事は、藤原家に出入りのすべての人を戦慄せしめずには置かない仕事でありました。
「馬鹿でなければやれない仕事だ」
「知らぬが仏とはよく言ったものだ、藤原家のお嬢様なるものの御面相を、全く知らない人でなければ出来ない仕事だ、風来人なればこそ出来る!」
と感歎するものもある。
「あのお嬢様が帰って来て、あれをごらんなすったら、その結果はどうだ、あの馬鹿みたような男は、直ぐに捕まって焼き殺されてしまうにきまっている、その時、火あぶりの執行人を言いつかるものこそ災難!」
と今から口をふるわせる者もある。
 左様、全く知らぬが仏です。与八は暴女王の女王ぶりのいかに峻烈《しゅんれつ》であるかに就いては全く知らない!
 有野村の藤原家の邸内は、いわば治外法権の地である。この邸内に於て行わるる限り、生殺与奪というものが、この家の主人にある。主人以上
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