に致しやして、それに就きまして、旦那様、その上に一つお願えがあるでございますが……」
「改まってお願いのなんのと言うがものはなかろう、言ってごらん」
「今、旦那様が好きなところへ地取りをしろとおっしゃいましたが、その地取りについて、わしらに望みがあるでございます」
「望みがあるならなお結構、その望みのところを取りなさい」
「では、お願え申しますが、あの旅においでになったお嬢様とやらが建ててお残しなすった、あの悪女塚というところの地面を、わしにお借り申させていただきてえんでございます」
「えッ」
と、その時に、伊太夫が思わず眼をみはったくらいでした。
「与八」
「はい」
「わしはな、お前にドコでも望めと言ったが、あれだけは勘弁してくれないか」
「いけませんか」
「いけない理窟はないのだが、あれは遠慮した方がよい、第一わしが迷惑するより、あんなところを選ぶお前が迷惑するのが眼に見えるのだ」
「旦那様――わしの方の迷惑なんぞは、ちっともかまいませんが、わしはお屋敷のうちのどこよりも、あそこが好きなのでございます、あそこへ新屋を建てさせていただきたいのでございます」
「それは困るな」
「ねえ旦
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