搗《つ》きながら郁太郎《いくたろう》に文字を教えている納屋《なや》の中へ話しに来たついでに、こういうことを言いました――
「なア、与八どん、こないだの話、この郁太郎殿を、わしが家の養子にして、お前さんを後見にしたいと言うたあの話、あれはお前から承知とも不承知とも、まだ返事を聞かないが、ともかく、お前がこうして安心してわしのところに腰を据えていてくれることは、とりも直さずわしの言ったことに同意ができないまでも、わしの心中を諒解してくれていることと思って、わしは嬉しく思っておるがな、どうだ、与八どん、居ついてくれる気持があってもなくても、こうして納屋にばかり燻《くす》ぶっていてもつまるまい、わしがこの屋敷のうちのどこでもいいから、お前の好みのところを選定して、一軒別に家を建てなさい、つまり、郁太郎とお前と新屋《しんや》を一つ建ててみる気はないかね」
 伊太夫がこう言い出した時に、与八も少し乗り気になったものと見えて、
「それは有難い思召《おぼしめ》しでございます。先日の有難《ありがて》えお言葉にてえして、わしも、どういうふうに返事を申し上げていいかわからねえので、何とも申し上げねえのでござ
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