んざんに笑っておやりなさい。

         二十四

 お銀様の実家――すなわち甲州有野村の藤原家の広い屋敷内の一角で、与八としての新しい仕事が一つはじまりました。
 それは、お銀様の拵《こしら》えた悪女塚を取崩しにかかっているということです。
 これが非常に危険性を帯びた仕事であるということは、仕事そのものが必ずしも危険性を帯びているというわけではない、それがために後日捲き起さるべき風雲を予想してみると、知れる限りの人が誰ひとりおぞけをふるわないものはありません。
 あの暴女王が、旅に立つ前に残して置いた記念事業です。それにさわることすら怖れられていたものを、与八という風来の馬鹿みたような男が、平気な面をして、順々と取崩しにかかっているのですから、それを見たほどの者が、ピリピリとふるえ出したのです。
 もちろん、これは父としての伊太夫が命令を下して、そうさせている仕事でないことは明らかであります。親権者としての父の伊太夫が、この横暴なひとり娘に対して権威の極めて薄いことを知っている者にとっては、たとい暴女王の不在中とはいえ、それを取壊さしめて、その帰って来た後の風雲を予期しない
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