れて運ぶために備えつけられていた長持が無い限り、道庵の呼吸のために安全弁が特設されてあろうはずもないから、いたずら心はいたずら心として、中に納まった道庵は蓋をされる瞬間に、そこは心得て、なんらか空気流入の調節方法を講じて置いたものと見なければならぬ。
こうして内心大満悦で、予想を許されざる次の舞台まで舁《かつ》がれて行って、そこで底を割って、やんやと大当りを取ってやろうという趣向が、中で揺られている間に、またいい心持になって、おぞましくもぐっすりと寝込んでしまったのが運の尽き?
幾時かの後、はじめて眼がさめて見ると、この体《てい》たらくである。
そのくらいだから道庵は、ここが石田村であるか、土田村であるか、そんなことは知らない。また、たった今の先まで威勢よく、自分というものが中に忍んでいるということは知らずに、手揃いで舁ぎ込んで来た若衆の面《かお》ぶれも知らなければ、事の重大な成行きなんぞも知ろうはずはない。
そこで、ごらんの通り、深田地獄の中でこけつまろびつ――気の毒といえば気の毒ですけれども、なあに本来当人酔興の至りで、自業自得というものです。癖になるから、ああしといて、さ
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