なのでありました。その途中、はからずも、こんな奇禍に逢ってしまって、今まで血気盛りの若衆たちが、すっかり血の気を失って、生ける空のないのも道理です。
 彼等は、数珠《じゅず》つなぎになって、長浜へと引き立てられて行きました。
 米友はかくの如くしてこの場を外《はず》れ、また米友が同行の両替の番頭と馬子も、表の騒ぎよりは、米友のあと、つまり責任ある両替の馬のあとを追ってはせて行く方が急務ですから、それを追いかけたのが勿怪《もっけ》の幸いでありました。
 こうして、石田村の畷道《なわてみち》の活劇は大嵐のあとのように一通り済みましたが、一つ済まないのは、役人たちの手で水田の中へおっぽり込まれた、問題の長持の後始末です。
 なるほど、借用のお芝居の衣裳道具が入れてあったに相違なく、その蓋《ふた》が、遥か彼方《かなた》にけし飛んで、中身が無残にはみ出している。それもおもに女物ばかり入れてあったと見えて、初菊《はつぎく》のかんざしだの、みさお[#「みさお」に傍点]の打かけだのというのが、半分は水びたりになっている。あまりに無残な体《てい》ですけれども、誰も手を出すものがありません。へたに手を出し
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