この、虎狼も三舎を避けるはずの江戸老中差廻しの検地役人の一行が、この長持と駄馬とのために行手を遮《さえぎ》られてしまったのですから、これはただで済まされないのが当然です。
「これは何だ!」
咎《とが》めようとしても相手がない、叱りつけようとしても相手が長持と駄馬では張合いがない。ただ張合いがないだけで済めばいいが、こういう際に、こういう品物が置かれてあることは、一層その激怒を煽《あお》ろうとも緩和するわけにはゆかないのです。のみならず、これはこのごろはやる、ややもすれば下剋上《げこくじょう》の階級闘争を煽るやからの一味ととうの故意にした振舞! 公儀役人に悪感情を持つやからが、わざとその出張を見はからってした嘲弄だ! こういうふうに解釈されたから、いよいよたまらないのです。
そうでなくてさえ、ややもすれば役人を誘って反抗気勢を揚げようとする、土百姓の分際で生意気千万! 今後の、この地方一帯への見せしめのため――老中差廻しの検地役人の一行が、ことごとく怒髪《どはつ》天を衝《つ》きました。
怒髪は天を衝いたけれども、差当り、その怒気を洩《もら》すべき対象物とては、長持と馬とのほかにあり
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