へ来たものですから、米友も思わず力瘤《ちからこぶ》を解いていると、駄馬に附添の番頭は心得たもので、
「はあ、雨乞踊《あまごいおど》りがござる、ひとつ見て行きましょうか」
「左様ですな」
「兄さん、雨乞踊りがあります、この雨乞踊りはこの地方の名物でございましてな、他国にも、あんまり類がございませんから、ひとつ見ていらっしゃいませ」
「うむ――」
と米友が言ったのは、肯定でもなければ否定でもありません。米友は、なにも雨乞踊りを見て悪いとは主張しないけれども、いいと賛成したわけでもないのです。それは双方に解釈ができる、常の場合ならば、左様な名物をちょっと立寄って見ることを、さのみ否定はしないが、今は非常時である、非常時だと言っても、このあたりに戦雲が動いているわけでもなんでもないけれど、さきほどから米友の観察と、頭脳とを以てすれば、なんとなく不穏なものであって、非常時気分がする――この際、悠長に雨乞踊りなんぞを見物するために道草を食うことは策の得たものではない――という心持がしないではないのです。といって、非常時そのものが、まだ具象的に眼前へ現われたのではないのですから、一概に僅かの享楽と慰
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