、お待たせ申して済みません」
と、早くも米友の姿を認めて、先方の番頭から言いかけられて、米友がはにかみました。どちらがお待たせ申して済みませんだかわからない。
 なお、その番頭さんの言うことには、表街道が物騒がしいようだから、裏街道を通るつもりでしたけれども、こうして、兄さんにここでお会いしてみれば、どうもわざわざ裏廻りをするのはやめにして、やっぱりもと来た大通りを帰りましょう。
 そうさ、それに越したことはない、なにも、こちとらは盗み泥棒をしたわけじゃなし、天下の往来を、逃げ隠れをするような真似《まね》をしなくてもいい――米友も直ちに同意しましたから、そこで、一行が無事に長浜の町を出て、もと来た道を帰ることになりました。
 それでもこの一行のおそれるところは、途中、その江戸の御老中からの検地のお役人というのに出くわさなければいいがな、出くわしたところで、自分たちは、いま兄さんの言う通り、盗み泥棒をしているわけじゃなし、年貢の滞納や、隠田《かくしだ》のとりいれをごまかしているという弱味もないのだから、強《し》いて御無礼をしない限り、おそれるわけはないのですが、それでも、道中、お役人だの
前へ 次へ
全208ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング