来た道へ向って駈け出してしまいました。
 釣の浪人ものは、その体《てい》を見て、あまずっぱいような微笑を湛《たた》えたかと思うと、ほどなくこれも匆々《そうそう》として釣道具をおさめて、つないでおいた小舟へ飛び乗ると、自ら艪《ろ》を押してさっさと南浜の方へ向けて漕ぎ出し、忽《たちま》ち葦の間に隠れて影も形も見えません。

         二十二

 宇治山田の米友が、会所へ馳《は》せ戻って見ると遅かりし、馬はもういないが、たずねてみると、地団駄を踏むがものはない、今のさき出発したが、まだ、この町で買物がある、それで先発しているから、あとを追って来るように――買物店はこれこれで、帰り道は都合によって、来た時とは違ったこれこれの道を通って帰るから――細かい伝言で絵図面まで添えてある。
 米友はそれによって馬のあとを追いました。
 都合によって来た時とは別の道をとって帰る、その都合というのは、どうもこの際来た時の道は物騒である、例の一味ととうの連中でも代官をようしているおそれがあるのではないか、それで、わざと避けて別の道を取ることにしたのだ、どうも、米友にもそう思われてならない。
 いずれに
前へ 次へ
全208ページ中158ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング