とすれば、そいつは大変なことだ」
「大変なことだ、まさか老中差向けの役人に危害を加えるようなことはあるまいが、勢いの赴《おもむ》くところではどうなることかわからない、君子は危うきに近寄らずということもあるから、君も帰りには気をつけて、そんな場面にさわらないように通りなさい」
「なるほど」
「拙者の如きも、こうして釣を楽しんでおればこそだ、そうでもなければ、必ずしも君子ではないから、ついつい危うきに近寄るようなことになったかも知れない。それを思うと釣というものは有難いものだ、釣を楽しんでいると、世の中のことを忘れる」
「世の中のことを忘れるのも考えものだよ、自分だけ楽しめば、人は難儀をしても知らねえという了見は、どういうもんだかなあ」
「うむ」
と言って浪人者は、米友に胸のすくような返事が与えられないために、やむことなく黙するかのように見えました。そうすると、こんどは米友の方から、
「うむ、そうしてみると、どのみち、一味ととう[#「ととう」に傍点]だな」
「え?」
と、こんどはその悠々たる浪人ものが狼狽ぎみの返事であります。つまり、してみると一味ととうだなと米友が独《ひと》り言《ごと》の
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