て横着があるというので、到るところで人民から怨《うら》みを受けている」
「ふうむ」
「その市野某なる者が怨み憎まれているという原因には、人民側のために大いに同情すべき理由があるのだ。この勘定方がしきりに賄賂《わいろ》を取る」
「そいつがいけねえ、役人の賄賂を取るのが一番いけねえ、賄賂を取る役人に限って、曲ったものを真直ぐだというのはまだいいとして、真直ぐなやつを曲ったものにしたがる」
「それだ、こんどの勘定役が老中の威光を肩に着て、ほとんど日本中をそうして検地をして歩くのだが、仙台とか、尾張とか、それからこの江州へ来ても、彦根藩あたりの強いところに対しては全く見て見ぬふりをするが、力の弱い小藩だと見ると、賄賂を出さなきゃうんといじめ抜いて尺を入れる、だからそれらの土地の良民が怨み骨髄に徹している。なんでも寄合って、この長浜へその到着するのを見計らい、思い切って陳情してみるのだということだ」
「うーむ、それだな、さっきあの舟で、人が続々と向うの草ッ原へ集まって来たのは」
「それだそれだ、拙者がこうして釣をしている鼻づらを、その舟がずんずん漕《こ》いで行ったのはたった今のこった」
「そうだ
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