らいがある。それで米友が、
「どうも有難う――おいらは、もう帰らなけりゃならねえ、会所へ両替の使に来たんだから、少し間《ま》がのび過ぎた」
「そうか――では、帰り給え。しかし、気をつけて帰り給えよ、それは拙者から言って聞かすまでもないことだが、今日は別して、通行に気をつけなくてはならん」
「それは、どういうわけなんだ」
「それはな、さいぜん、それ、君に向って尋ねたろう、検地の代官がこの土地へ来たか来なかったか、そのことをうっかり拙者が君に尋ねたろう、それなのだ。いいかえ、今日、乗込んで来ようという検地の代官は、代官は代官でも、ちっと目方のちがった代官で、江戸の老中から特別に差遣《さしつか》わされた検地の勘定役人だ」
「江戸の役人であろうと、ところの代官であろうと、おいらには別に当り障《さわ》りはねえ」
「むろん、君には当り障りはないが、この地方一帯のためには大きに当り障りがあるのだ。こんど来た検地の役人というのは、今いう江戸の勘定役人で、市野|某《なにがし》という者だ、北陸地方からずっと巡り巡りてこの近江の国に入り込んだのだが、本来この市野某というお役人が、心術がよくない、老中を肩に着
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