―ずっと向うの涯《はて》の山々が比良《ひら》比叡《ひえい》――それから北につづいて愛宕《あたご》の山から若狭《わかさ》越前《えちぜん》に通ずる――それからまた南へ眼をめぐらすと、あの小高い木の間に白い壁がちらちら見える、あれが井伊掃部頭《いいかもんのかみ》の彦根城だ。それからまたずんと南寄りに、石田三成の佐和山の城あとが一段高く、その間の山々にはいちいち古城址がある。臥竜山《がりゅうさん》の山上にもう一つ秀吉の横山城――それから佐々木六角氏の観音寺の城、鏡山、和歌で有名な……鏡の山はありとても、涙にくもりて見えわかず、と太平記にもある、あれだ。それから三上山《みかみやま》、近江富士ともいう、田原藤太が百足《むかで》を退治したところ――浅井長政の小谷《おだに》の城、七本槍で有名な賤《しず》ヶ岳《たけ》。うしろへ廻って見給え、これが胆吹の大岳であることは申すまでもあるまい。それに相対して霊仙ヶ岳――」
 その浪人者が、わざわざ立って指しながら、してくれた一通りの説明によって米友の眼が、またそれぞれの内容を備えてかがやきました。
 だが、もう帰らなければならない。
 少々暇つぶしをし過ぎたき
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