のは、来るつもりで来たんじゃあねえのだ、頼まれたから、よんどころなくね。だから、太閤秀吉と長浜が何をどうしたか、そんなことはいっこう知らねえ」
「ははあ、君はそれを知らないで長浜へ来たのか」
「知らねえよ」
「そりゃいかん、尾張の中村や、摂州の大阪だけの太閤秀吉ではない、この長浜は、太閤によってあらわれ、太閤は長浜によって出世したといってもよい。太閤が藤吉郎の時分、ここへ城を築いて、それまで今浜といわれたこの町を、その時から長浜と改めたのだ」
「ははあ、そうだったかなあ」
「石田治部少輔三成も、ここではじめて太閤に知られたのが出世の振出しだ」
「そうかなあ、だが、どっこにもその城が見えねえじゃねえか」
と言って、米友は、今更のように、前後の光景をクルクルと見廻しました。

         二十一

 そこで、この浪人者は、米友の言語応対に相当の興味を得たと見えて、わざわざ釣竿を石の下へさし込んで、立ち上って米友の傍へよって、御同様にあたり近所をながめながら、まず太閤の城あとから指して米友に教えました。
「そうら、この前のが多景島《たけじま》で、向うに見えるのが竹生島《ちくぶじま》だ―
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