でもないものに、この土地のことを尋ねようとしたのはこっちが悪い、第一、人間と話をするのに人間の方へ眼を着けないで、釣の方ばかり見ていたのは礼儀に欠けていた、君はこの長浜というところへはじめて来た人らしいな」
「うむ、はじめてこんなところへ来てみたんだ、こんなところへ自分から来てみようなんてつもりはなかったんだが、人に頼まれたんで、余儀なくね」
「そうか。で、長浜というところはなかなかいいところだろう」
「うむ、景色はあんまり悪くねえな」
「景色ばかりじゃない、ほかにいいところが幾つもある」
「ほかにいいところが幾つあるか知らねえが、今この土地へ来たばっかりのおいらにはわからねえ」
「わからないはずはない、お前は太閤秀吉を知っているだろう」
「冗談言いなさんな、太閤秀吉を知らねえ奴があるか。こんだもここへ来る途中、おいらの先生と一緒に、わざわざその太閤秀吉の生れ故郷の尾張の中村というところへ行って、供養をして来たくれえのもんだ」
「ほほう、それは近ごろ奇特のことだな。それで、君はやっぱり太閤の名残《なご》りがなつかしいものだから、この長浜へもやって来たんだな」
「そうじゃねえ、長浜へ来た
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