、検地の役人は見えたかい」
と、先方はやっぱり竿と針の方を見ながら米友に問いかけるのです。
 少し変な奴だなあ、釣針に向ってものを聞くならば釣針の方を見ていてもよろしいが、人間に向って物を尋ねるならば人間の方を向いちゃあどうだ、と米友が思っていると、
「うむ、どうした、江戸表から乗込んだ検地の役人は、もう長浜へ着いた時分だろうがな」
 まだ、やっぱりこっちを向かないで横柄な質問ぶりだから、米友も少し癪《しゃく》に障《さわ》り、
「知らねえよ、どんな役人が来るか、おいらあ役人の番をしているんじゃねえんだ」
と言いました。その言葉にはじめて釣をしている浪人ものが、こっちを見返って、いやに落着いた顔をしながらじろじろと米友を見廻し、
「おう、貴様はこの土地の者じゃないのか」
「ばかにしてやがらあ――」
と、米友がはじめて捲舌を試みました。
「何を申すぞ」
「何を申すぞもねえもんだ、人のことをとっつかまえて、いきなり、子供子供たあなんだ、よく面《つら》を見てから物を言うがいいや。第一釣竿と話をするなら釣竿の方を見ていてもかまわねえが、人間に話をしかけようというんなら人間の方を向いて何とか言っち
前へ 次へ
全208ページ中149ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング