譲って、お米を貰わなくても楽に養われて行ける身分のお侍さんとも違う、第一、あの笠、あの色のさめた紋附、いわずと知れた浪人者なんだ。
だが、あんなにして悠々《ゆうゆう》釣を垂れているうちは、浪人者も穏かなものだな――
こんなことを米友が見て取りながらも、せっかくこっちの方へ向いた足を、浪人者がいたからといって引返すのも癪《しゃく》だ、まあ、ずいぶん通り過ぎて行ってやろう、だが、せっかくああして静かに釣をしているんだから、言葉をかけることはいけねえ、また言葉をかける必要もねえ、足音だってあんまり立てねえで、静かに釣を垂れている浪人の心境を乱さねえようにして通り過ぎてやるのが礼儀だなあ――と、米友は米友としての礼儀をわきまえて、そうして浪人の背後をすっと通ろうとすると、米友のその遠慮を出し抜いたのは、かえって浪人でありました。
「これこれ子供!」
「え!」
呼びとめられたもんだから、米友が「え!」と言って呼びとめられただけでなく、「これこれ子供」と言って、甚《はなは》だ横柄《おうへい》な言葉で、しかも人を呼びながらこっちを見ないで、自分の釣の方にばかり目をつけているのです。
「どうした
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