面の方を眺めながら、草の生えない水汀《みぎわ》を少しばかりぶらついて行くと、今の集まった人数はすっかり草に隠れてしまいまして、湖の水がピチャリピチャリと人無き島のような心持のする汀を打っているところを、米友は、遥かに遠くかすむ湾々曲々のながめに飽かず見入りながら、なおブラリブラリとやって行くと、フトその水際に舟を繋いで、切石の上へ蓆《むしろ》を敷いて、釣を垂れている一人の人に出くわしました。その人の風采《ふうさい》を見ると、平形の編笠を被《かぶ》り、肩当のついた黒の紋つきを着て、一刀を傍に置いて、無心に釣を垂れているところは、この辺ではどうも珍しい気分のするおさむらい姿であります。どうも暫くお侍を見なかったような気持がする。この長浜というところは城下町ではねえんだから、商業町だということなんだから、それでまあお侍の数が少ないのだろう、ここでようやく一人見つけ出しは見つけ出したが、これはおさむらいはお侍にしてからが、どこからもお米を貰わないお侍さんだ、以前はどこかの殿様からお米を貰っていた身であろうけれども、今はもうそのお米が貰えなくなっているお侍さんだ。といっても、家督を伜《せがれ》に
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