。
見惚れたといっても、ただ、広いなあ、綺麗だなあと舌を捲くだけのもので、眼前に島も見えるには見えるが、どれが有名な竹生島《ちくぶじま》で、どれが沖ノ島で、どれが多景島《たけじま》だか、その辺の知識は皆目《かいもく》めくらなんですから、米友の風景観には、さっぱり内容がありません。
しかし、客観的には内容が無いが、主観的にはです、米友の頭の中には、かなり米友として複雑なる感情が蟠《わだかま》っているのです。
静かな湖面を、じっと彳《たたず》んで見ているうちに――
ですから、近来の米友には、じっと風物を見込むと、知らず識《し》らず考え込む癖がついてきました。
今も湖面の風光に見惚れているうちに、天候には変りがないが、いつのまにか湖面に穏かならぬ舟足がいくつも相ついで、つい米友の目の前の広い草原のところへ、その船の中からぞくぞくと人が集まって、そうしてその広場にかたまる様子でした。最初のうちは空想に捉われて、何とも思わなかったが、そのうちに様子がなんとなく穏かでないものがあるものですから、米友が、
「はて、あんなに舟でぞくぞくと乗りつけて来て、いってえ何をするつもりなんだろう、別に
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