いのは、道庵もまた御同様。正面衝突も気がきかないから畑の中へ飛び込んで桑の木へひっかかったり、武州熊谷附近通行の際――あの時桑の木が無かろうものなら道庵はどこまで飛んで行ったかわからない、後向きに馬に乗ったりなんぞしてごまかしたのは知っての通りであります。
 そこで米友も考えました。どのみち、お通りなんぞは、こっちにとっては性が合わねえにきまっているが、へたに喧嘩をしてもつまらねえことだから、おいらあ、お通りのねえ道を通るんだ――
 と言って米友は、自発的にフイと横へ切れてしまいました。
 横へ切れてやみくもに走ると水口に突き当りました。
「おやおや、どっちい行っても水だなあ」
と言いながら、その水際まで行って見ると、また別に、
「おやおや」
と繰返さざるを得ませんでした。どっちへ行っても水のはずです、ここは長浜の西の部分で、名にし負う近江の湖水に直面しているところですから、西へ走る限り、どっちへ行っても水なのはわかりきっております。
「うむ、そうだ、これが琵琶湖の片っぺらなんだ、広いなあ」
と言いながら米友も、改めて直面する琵琶の湖水を目のあたり眺めて、その風光に見惚《みと》れました
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