。また、苦しくって堪らねえから、村を逃散《ちょうさん》してどこぞへ落ちのびて行くのも罪になるんだ、いてもわるし、動いても悪し、立って退けばまた悪い、百姓というものは浮む瀬がねえ」
と米友がつぶやきました。
十九
こういう高札の文句というものは、もっと昔からあったものかも知れないが、今ここへ掲げられてあるのは、墨の色も木理《もくめ》も至って新しい。高札の文句そのものは、もっと古くから存在していたものにしてからが、ここへ書き出して掲げたのは最近のことに属するというのがよくわかる。従って、最近こうして、事新しく掲揚したということに於て、特にこれを人民の頭へ、相当強く印象して置かなければならない事態が彷徨《ほうこう》しているということが暗示されないでもない。
しかし、米友も、そこまでは観察を逞《たくま》しくしないで、そうしてまた会所の方へとって返そうとすると、ドヤドヤと羽織袴の、町の肝煎《きもいり》みたようなのが、人足をつれて出て来て、通行人をいちいち制したり、道路を片づけさせたりしてこっちへ向って来る、それと米友がぶっつかりました。右の宿場人足は米友を見ると、
「お
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