たけれど、ついにその姿を発見することができないで、とうとう幕あきの拍子木を聞いたものですから、幕があいた以上は、きっと元の場席に帰って来るだろうと、元のところへ帰って待っていてみたが、どうしても道庵が戻って来ないので、もう芝居見物どころではありません、幕の半ばにまた飛び出して右往左往に尋ねまわりました。
宇治山田の米友ならば、こういう例には再三出っくわしているから、またかと言って歯噛《はが》みもしようし、その苦い経験から、道庵ひとりをうっかり小便にやるようなことはなかったでしょうが、庄公となると、まだなにぶん道庵扱いに馴れていないところへ、本来、米友ほどの腹《はら》も業《わざ》もある奴ではないから、ついにはいい若い男が尋ねあぐねて途方に暮れ、ワアワア手ばなしで泣き出してしまいました。
十八
長浜の会所へ、両替の使の用心棒としてついて来た宇治山田の米友は、会所の前に暫く待っていたが、今日は何か会所が特別に忙しいことがあると見えて、ラチがあきません。
そこで、気の短い米友としては、少しく焦《じ》れ出してくるのも当然です。じっと待ってはいられないから、その会所のま
前へ
次へ
全208ページ中138ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング