てきました。
そうするうちに柝《き》が入ると、次の幕があきました。
幕はあいたけれども、道庵は見物席へ戻ることはすっかり忘れて、次から次へ舞台へ出て行く役者や太夫さんに頓着なく、居残りの床山であろうと、衣裳方であろうと、世話役であろうと、お茶くばりであろうと、とったりであろうと、誰彼の容捨なく、芝居話を持ちかけているうち、舞台面が進んで、一人行き二人行き、ほとんど楽屋が空ッぽになると、道庵も喋《しゃべ》りくたびれて、ようやく御輿《みこし》を上げようとして、よろよろとよろめき出し、衣裳小道具を入れて来た長持のところへ来ると、さきほどから非常に睡気がさしているので、よろよろとして、その長持の中へ転がり込んだのか、そうでなければ尻餅をついたを幸い、そのまま長持の中へ寝こんでしまうと、そこへ上からフワリと衣裳が崩れ落ちて来て、道庵の身を押しかぶせてしまいました。
一方、平土間で道庵のために空席を守っていた庄公は、小用にと立って行った道庵の帰りが遅いので気が気でなく、諸方を探し歩いたが、まさか楽屋の中でクダを捲いているとは思わないから、人混みの中をうろうろと潜り廻り、しきりに探しまわりまし
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