がらも、苟《かりそめに》も惟任将軍というみえとはらとを忘れちゃならねえ。お前《めえ》さんのは、それが相当腹にへえってしているから、俺ぁ少し唸《うな》りましたね」
 こう言われると光秀役者がことごとくよろこんでしまいました。
「はあ、有難えこんだ、わしも、芸事はすべて役どこの性根《しょうね》が肝腎だと思いやして、なるべくはらで見せるようにしてえと、こう思っているんでがんす」
「それそれ、それでなくちゃいけねえ……だが一つお気をつけなさい、あの北条義時は、筏《いかだ》を流し奉るとお前さんお言いなすったが、あれはいけねえ、ミカドを流し奉ると言うようにしなさい。それから、その次の方に面《かお》をしておいでなさるのは、さきほど久吉《ひさよし》をなすった兄さんだね。湯のじんぎは水とやら……あそこが軽い。だが、おめえさんのは少し男ッぷりが良すぎるのが瑕《きず》に玉《たま》だあね、納所寺《なっしょでら》の味噌摺坊主に化け込んで来てからが、こいつはまた光秀よりもう一枚大物の太閤秀吉の変装なんだから、やっぱりそれだけの面魂《つらだましい》を持たなきゃならねえ。面魂といえば、秀吉の面は猿に似ていた、いや秀吉
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