こそくっきょう一、あすこんところが、こう、竹槍をこういうふうに構える型と、それからまた、こう構える型とある。まあ、役者の柄によるものさ。柄の小さい役者は、芸を派手に大きく見せるために、こうなるんだ、だが、柄の大きい役者が、こう持っちゃ損だね。小田の蛙《かわず》の鳴く音《ね》をば……あれから、突込む手練の槍先に……あそこまでのところの呼吸が、お前さんのは、すっかりコツを心得ておやりなすったには恐れ入ったね。なんしろ、竹槍で人を突っつき殺すなんてことは、本来ならば匹夫下郎のやる仕事だあね。まあ、歴史上から言ってごらん、お前《めえ》さん、たとい三日天下にしろ天下の将軍職についた、惟任光秀《これとうみつひで》ともあろうものが、差足抜足《さしあしぬきあし》うかがい寄って、敵の大将の寝首を竹槍で突っつき取ろうなんてえのはあるべきはずじゃあねえんだがね、それがそれ芝居で、作者の働きさ。惟任将軍ともあるべきものが、名もなき土民の竹槍で命を落す悲惨な因縁因果を、それ、主と親を殺した天罰にからませて、趣向を変えてあそこへ持ち込んだところが作者の働きなんだから、演《や》る方もよく心得て、匹夫下郎の真似はしな
前へ 次へ
全208ページ中133ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング