なか》でも素人芝居の一つも打って見せようという通人揃いだから、かえってこの人見知りをしないお客様のさばけ方に恐悦し、それに、賞められたのは単にチョボの太夫さんばかりではない、一座の芸術すべてに感心して、そうして総花《そうばな》として、今坂の三蒸籠も奮発しようというくらいだから、一座上下みんないい心持で、道庵に好意を持たないのはありません。ですから、次の幕の面《かお》にかかっているのも、前の幕の落武者も、みんな頭を下げるし、言いつけられないのに、お茶よ、煙草よと、もてなし方が尋常ではありません。
 この辺で道庵も引きさがってしまえば無事なんですけれども、どうしてどうして、そんなことでおさまるくらいなら、今坂の三蒸籠も自腹を切るはずがない、忽《たちま》ち今度は高綱が出る役どころの親玉を見つけると、
「や、親方、おめえさんだね、いま光秀をおやりなすったなあ。結構ですね、ありゃ、梅玉《ばいぎょく》の型だろうが、わしに言わせると、あそこはやっぱり高麗屋《こうらいや》で行きたいねえ。必定《ひつじょう》――ひさよし――上方の方の役者は、えてこういう眼つきをして、面《かお》で芝居をしたがる。しのびいる
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