の面が猿に似ていたんじゃねえ、猿の面が秀吉に似ていたんじゃ、という二つの説にわかれて、まだ、どっちとも決定していねえが、それはこの場合、深く問わねえが、面が猿に似ていて、眼光が炯々《けいけい》としていて……そのくれえだから面魂もどこか違ったところがなけりゃならねえ、それだのにお前《めえ》さんのは、剃り立てのきれいな青道心で、それに白塗りの痩仕立《やせじた》てときているから、見物の女の子がやんやとわいたぜ。芸の方にソツはねえが、面のつくりがあんまり綺麗過ぎたね。どだい、お前さんの地面《じがお》が綺麗過ぎるんだろう」
 こう言われると久吉役者がまたよろこびました。たとい面魂は英雄豪傑になっていなくとも、地顔が綺麗で、女連から騒がれたと言われてみると包みきれない嬉しさがこみ上げて来るらしい。
 そうすると、道庵先生抜からず、こんどはみさお[#「みさお」に傍点]役者の方へ向って、
「そこに衣裳をしておいでなさるのは、みさお[#「みさお」に傍点]をつとめたお人さんだね。このみさおという役がなかなか骨が折れる役でな。なんしろ、はらがあって、愁嘆が利《き》いて、主と、夫と、親と、大将と大将の中へ挟ま
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