やした。どうして本格でげすよ、これなら三都の大歌舞伎へ出したって、ちっとも恥かしいことはねえ。失礼ながら皆さんが、これほどにお出来なさるたあ気がつかなかった。わしも若い時ゃ芝居がでえすきでね、大白猿《だいはくえん》や鼻高《はなたか》盛んの頃には、薬箱を質《しち》に置いても出かけたもんだがね、近頃、江戸も役者の粒がぐっと落ちやした。役者の粒が落ちたんじゃねえ、こっちの眼が肥えたんだという説もあるが、そりゃどっちでもかまわねえが、近頃ぁとんと夢中になりきれるほどの役者が出ねえんでね。だから、一分線香や俄《にわ》か道化師の方が罪がなくて、おもしれえくれえのものなんだが、今日まあこうして御縁があって、皆さんの芝居を拝見させていただきますてえと、どうして、すっかり本格だあね。第一、チョボの太夫さんが確かなもんだ。役者衆だってその通り。それで実ぁ、内心、はじめのうちはね、これほどはやるめえと甘く見てかかったのが拙者の眼の誤り、あんまり皆さんの芸術に感心したもんだから、お礼とお詫《わ》びをかねて、お近づきに罷《まか》り出たというようなわけなんでげす。これゃあ、ほんのお印《しるし》だが、どうか皆さんで
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