早くもさとって、
「やあ、来たな、どこぞ近いところに素人《しろうと》の芝居があるぞ、こいつぁ一きり見ざあなるめえ」
と言って、忽《たちま》ちその輩《やから》にくっついて駈け出しました。
ほどなく、鎮守の社へいって見ると、歌舞伎の柱を押立てて緞帳《どんちょう》をつり、まわりへ蓆《むしろ》と葭簾《よしず》を張りめぐらしてある。木戸は取らない、野天の公開ですから道庵もうれしがって、見物の中へ割込んで、早くも相当の席を占めてしまいました。
まもなく、場の内外は立錐《りっすい》の余地もない景気、やがてカッチカッチと拍子木が鳴る。
「東西東西」
手拍子パチパチ。
「御酒二升、目《め》ざし鰯《いわし》十連、浅畑村|若衆《わかいしゅ》より馬持ちの田子衛門へ下さる」
手拍子パチパチ。
「そば粉三袋、牛蒡《ごぼう》十|把《ぱ》、六はら村の長徳寺様より西町の芋七へ下さる」
手拍子パチパチ。
「半紙十帖、煮付物一重、三太郎後家様より長松へ下さる」
手拍子パチパチ。
「榾《ほた》三束、蝋燭《ろうそく》二十梃、わき本陣様より博労《ばくろう》の権《ごん》の衛門《えもん》に下さる」
手拍子パチパチ。
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