庵が一僕を召連れて、ほくほくとこの柏原の宿はずれを歩いている途端に、大へんなものに出くわしてしまいました。さては草津を要していた三ぴん連の先陣が、早くもここへ廻ったか――そうではない、後ろから追いかけて来る人の声――
「サアサア、みないじゃござい、みないじゃござい、コレコレ作兵《さくひょう》ヤイ、太郎十、どうでやどうでや、よべから役当てて置きよるに、何していよるぞ、さあさあ、いかまいか、いかまいか」
「ヤレ、コリャ、いんま、いかずいかずと言いよるに、おこずるな、おこずるな」
「ええ、はようやらまいか、その頭どうじゃ」
「はらの煮える、いんま幕があいて、みがとが出よるところじゃに、誰なと代りに出さずと思うても、おぞい奴等じゃ、どやつもこやつも、今こまいとぬかしよる」
 こう言って、道庵のあとから駈けつけて来るものがありましたから、道庵がそれをふり返って見ると、ところの男、もう一人の女の手を引きずって駈けて来る。様子が変だから、なおよく見ると女の鬘《かつら》をかぶって、顔はところまだらのおしろいをベタベタとつけている在郷衆だ。そのあとから弥次馬がワイワイ駈けて来る。その体を見ると道庵先生が
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