「いったいどうしてそんなに、大根おろしをかきおろしなさるのです」
 安直が抜からぬ面《かお》をして、答えて言うことには、
「胆吹の山には昔から、大蛇《おろち》がすんでいやはるさかい、毒気に触れるとどもならんによって、この大根おろしよばれると毒下しになりまんがな。それに胆吹の百草たらいうて、薬草がたんとたんとござりましてな、その薬草の中には毒草もたんとたんとござりますによってな、相手は十八文のお医者はん、いつ、わてらに、その毒草を製して飲ますことやらわからへんがな。そないな時にな、その大根おろしのかきおろしたあん[#「たあん」に傍点]と食べておきますとな、毒消しになりますさかい、ちゃア」
 それを聞いて一同がアッと感心しました。プロ亀の如きは、
「さすがに安直先生、お考えが深い、お調子が高い!」
 そうすると、村雨女史が、またおてんたらを言いました、
「直さんに会っちゃかなわない」
 しかしまた、老功なる、みその浦なめ六は心配しました。
「それはそうとして、この十三樽の大根おろしのかきおろしを持ち運ぶのが容易なことじゃござらんてな、誰がこれを胆吹山まで運搬するこっちゃ」
「そないなこと
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