の食い上げじゃによって、これより宇治と勢多とに陣所を構え、或いは案山子《かかし》を立て、或いは偽物をつくり、さんざんにかけ悩まそうと存ずる――それと聞いて風を食らった道庵、胆吹山へと道を枉《ま》げたのは我々の気勢に怖れをなしたか、それとも別に軍略を立てたか、なかなか以て油断がなり申さぬ、おのおのの御意見が承りたい」
それについて三ぴん連が、みな見るところのヨタを並べますと、最後に安直が大気取りに気取ってしゃしゃり出で、
「昔からの戦争で、胆吹へ逃げ込んで助かった例《ためし》ありゃへんがな。十八文やかて、もう袋の鼠やさかい、石田はん、小西はんなみに、生捕りしやはって縄つけ、大阪三界引廻して、首ハネるまでのこっちゃさかい――阪者《さかもん》の手並、どんなもんや、思い知ったかやい、ちゃア」
と言って勇気を示したものですから、一座がまた勇みをなし、村雨女史までが、
「直《なお》さんに会っちゃかなわない」
と言って讃辞を捧げました。
直さんに会っちゃかなわないというのは、どういう意味だかよくわからない。おそらく村雨女史のお座なりのおてんたらではあろうが、しかしこの大阪仕込みの勇者に会っては、
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