ともをして胆吹山へお参りをしたら、その足で、江州《ごうしゅう》の大津の鍵屋伝兵衛といってたずねておいで……」
 心ききたる若者を一人わけて、道庵のために附け、そうして道庵を北国街道に送り込み、お角さんは、そのまま残る手勢を引具《ひきぐ》して、銀杏《ぎんなん》加藤一行のあとを追って近江路を上りました。
 こうして、いい気な模造大御所は、関ヶ原から北国街道へ送り込まれたはずなのが、どういう拍子か、フラフラとまた関ヶ原へ舞い戻って来て、すべての面《かお》なじみがみんな出かけてしまったあとで、何か少し宿にまごまごしていたが、再び出発の時は、北国街道へ向わないで、順路を柏原方面へ向けて歩き出したのは、北国街道筋に何か道路の故障があったのかとも思われます。
 とにかく、道庵先生だけが急に胆吹入りという模様がえになったために、この際、草津の姥《うば》ヶ餅《もち》の別室で、安直、金茶の一行に一つの緊急動議が持ち出されました。
 三ぴん連がいよいよ出発間際になって、忽《たちま》ちに円卓会議を開き、議長がプロ亀、それに安直、金十郎、エド蔵、ゲビ蔵、薯作《いもさく》、テキ州、古川をはじめ、三ぴん連の鉄中|錚
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