てら、ちょっと立寄ってみようとしたまでのことであります。お銀様のために米友を手ばなした道庵は、なんとなく手のうちの珠《たま》を落したような気分がしないではないが、それでもこれからの道中、同じ江戸っ児、鉄火のようなお角さん親方と道連れの約束が出来たことによって、補われようというものです。
万事、暴女王の御意のまま、お気の済むようにさせておいて、お角さんは、道庵の面倒を見ながら、自分は京阪へ出発してしまった方が、事がテキパキと行くと考えました。そうして置いて、戻り道に立寄って見れば、この暴女王様の御意の変ることもあろうと考えたのですが、ここでまた道庵先生までが急に、薬草研究のために胆吹入りをしたいから、一日二日のところ暇をもらいてえと言い出したのにも、一向さからわず、
「はいはい、どなた様もお気の向くようになさいまし、そういうわけでしたら先生、大津でお待ち申しておりましょう、大津の鍵屋というへ宿を取って、わたしたちはゆるゆる八景めぐりでもしておりますから、薬草の御用がすみましたら、あの宿へたずねていらっしゃい。先生お一人ではいけませんから、庄公をつけて上げましょう。庄さん、お前、先生のお
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