なたは夢にうなされていましたね」
 それは現実の弁信の答えであって、驚いて見ると障子が白くなっておりました。
 弁信法師は、昨夕のあの大風に、無事に帰れて、今朝、たった今、ここへ立戻って来たところに相違ありません。

         十五

 関ヶ原の模擬戦に於て、予定の如く大勝利を収め得た道庵先生は、本来ならば、あれからひた[#「ひた」に傍点]押しに、近江路を京阪に押し寄せるべきはずでなければならないのに、どういうわけか、不意に道を胆吹山の方へ向って枉《ま》げてしまいました。
 それはあえて古《いにし》えの、小碓《おうす》の皇子の御あとを慕って、胆吹山神を退治せんがための目的でもなし、またどこまでも関東の大御所気取りで、胆吹の山の草の根分けても、石田の行方を探し求めんとする軍略でもなく、実を言うと、胆吹山という山は、御承知の如く薬草の種類の多いことにおいては日本一といってよろしいことになっているから、商売柄、この薬草の現場を視察して行こうと考えたまでのことであります。
 それが主たる目的で、それから同時に我儘《わがまま》なあの女王様の植民地へ、大切の従者米友を貸してやってある見舞が
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