ちばし》を血だらけにして何をかつついて食べている。深い爪でしっかと抑え、その血だらけの鋭い嘴の犠牲にあげられているものを何者かと見ると、ああ、それは今のお銀様です。お銀様は、大鷲の両足にしっかり押しつけられて、面《かお》といわず、胸といわず、ところきらわず、その深い嘴でつついては食われつつあるのです。
「あ、お嬢様! お嬢様!」
と、お雪ちゃんは絶叫して、自らあの残酷の中へ身を投じたお嬢様の不幸な運命に怖れおののいたが、一つおかしいことは、さほど残酷な犠牲となって、猛鳥のために貪《むさぼ》り食われつつある当のお嬢様が、少しも苦痛の表情をもせず、助けを求めるの声をなさず、為《な》さるるがままに、食わるるがままに任せて、そうして、死んでいるのではない、かえって、その猛鳥の加える残酷と、貪欲《どんよく》と、征服とを、相当に心地よげに無抵抗に、むしろ、うっとりとしてなすがままに任せている、そのお銀様の態度に、お雪ちゃんが、あの猛鳥の為す業より、なお一層の残忍さを覚えて、
「お嬢様、あなたは――」
と言った時に、目が醒《さ》めました。枕もとで、
「お雪ちゃん、わたしはいま帰って来たところです、あ
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