の学校となって行きました。
そこで、親たちは、自分のガキ共を、山仕事、野良《のら》仕事の手伝いをさせる時間を割《さ》いても、与八のところへよこすようになりました。そうなると与八も時間の規律を立てた方がよいと思いまして、何の時に集まって、何の時まで何をして……という時間割を定めたのです。その次に時間割を等分するために、これも手製の一つの漏刻《ろうこく》を備えました。
瓢箪形《ひょうたんがた》の一方に砂を盛って、その一方が一方に満つるまでを一時《ひととき》として説教と読み書きそろばんの時間を区分しました。
そうして、なるべく少ない時間で多くの効果をあげるように、そうして他の多くの時間は、家々の稼業《かぎょう》のために使わせるようにしなければならないと思いやりました。しかし、雨の降った日などは、特別に時間を延長したりしてやることもあります。
あるお天気のよい日、今日はこれでおしまい――と子供たちを散校させると、ぞろぞろ外へ出て、以前の悪女塚の前の小径《こみち》を下ろうとした一隊が急に歩みを止めて、男の子供がけたたましく、
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ヘービモムカデモ
ドキアレ
オレハ鍛冶屋《かじや》ノ婿《むこ》ドンダ
槍モ刀モサシテイル
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と声高く歌い出しました。そうすると女の子も引きつづいて、
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ヘービモムカデモ
ドキアレ
オレハ鍛冶屋ノ嫁《よめ》ドンダ
槍モ刀モ持ッテイル
[#ここで字下げ終わり]
こうして一時に喚《わめ》き出したかと思うと、その中から一人、火のつくように泣き出したのがあります。与八が飛んで出て見ると、
「おじさん、鶴どんが蛇に噛《か》まれた」
「まむし、まむしだ、こん畜生」
早くも悪太郎の一人は、当の敵を仕とめて竹の先に貫いて、与八の面前に差出したのは、銭形《ぜにがた》の怖るべき毒蛇であることを知ると、それに噛まれたという女の子を、与八はいきなり取っつかまえて、
「ど、どこを噛まれた、足か、足のここかい」
と言って、その創《きず》へいきなり自分の口を持って行って強く吸いました。強く吸い取ってからそれを吐き出し、子供をもろに抱いて宅の方へ駈け込んで、そこで手早く繃帯《ほうたい》を捲き、自分の口をすすぎ、手当をつくして、それから右の子供を背中に背負って急いで子供の家へ連れて行ってやりました。そうしてこの災難の次第を物語ってから、自分の注意の行届かなかったことをお詫《わ》びをすると、お詫びどころではござらない、こっちの災難を、おかげさまで手当が早かったからもう大丈夫、蝮《まむし》に食われた覚えは村の者にもいくらもあるが、どうしてこんなものではない、これは手当が早くて上手にやってもらったおかげだ――と言って、怪我をさせてもらって有難うと言わぬばかりに、親たちはお礼を言いました。
また、時として子供たちが学業中、急に腹痛、頭痛、めまい、立ちくらみを訴え出すと、与八は直ちに手当をし、容体をよく聞きただし、撫でたりさすったり、用意の草根木皮を煎《せん》じたり、つけたりして与えると、不思議によく治るのです。そうして親たちが迎えにでも来ようものなら、その容体によって、その子供たちの今後の摂生法などを教えてやるのです。打身、きり創のような時もその通りだし、心持が親切の上に、手当が上手だし、それに別段金をかけて薬品を買いととのえて置くというわけではないけれど、日頃心がけて、手近な草根木皮をとって、干したり乾かしたりして蓄えて置くものですから、急場の間《ま》に合います。これは一つは、与八が道庵先生に親炙《しんしゃ》している機会に、見よう見まねに習得した賜物《たまもの》と見なければなりません。
あの馬鹿みたようなデカ者は、先生もやれる上に、お医者さんも出来る!
と村人が再び驚異した時分には、ただこの先生でありお医者である人を、子供たちの専用にさせては置けない結果になりました。
この学校も繁昌するが、このお医者さんをまた流行《はや》らせずには置かない世の中になり行きます。
この間とても与八は、自分の彫刻と、説教と、教育と、医術とに専《もっぱ》らなるのみではありません、主家伊太夫のためにも、絶えず詰め切って蔭日向なく働き、またその最も有力なる相談役を委せられてもいました。
二十七
そのうちに、誰言うとなく、こんどお大尽様へ来たデカ者は、あれは只者ではござらねえ、まさしくあれは木喰五行上人《もくじきごぎょうしょうにん》のお生れかわりに相違ない、五行上人が生れかわって有野村のお大尽の邸へお出ましになった――
と、こういう噂《うわさ》が立ちました。
そうすると、善男善女《ぜんなんぜんにょ》が木喰五行上人の再来のお姿を拝みたいというので、与八のこの新屋へお詣
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