先に眼鼻でもついていて、棒の身には翼が生えて、棒のうしろは推進機《プロペラ》でも仕掛けてあるかの如く、真一文字に鷲に向って伸びて行くというよりも、米友そのものが棒に化けて、中空を飛んで、鷲を追いかけに出かけたと見るよりほかはない心持がしました。
「友さん――お前も危ない」
「なあに、大丈夫だよ」
 その声は後ろでしないで、中空から聞えて来たからです。
 と見ると、繰出して中空へ飛ばせたその棒の上に、早くも米友が馬乗りに跨《また》がっているではありませんか。そうして毬栗《いがぐり》と筒袖とを風に靡《なび》かせながら、一文字に鷲をめがけて乗りつけるのです。
「あ! 友さん」
 お雪ちゃんは、ひた呆《あき》れに呆れてしまいました。米友さんとしたことが、音に聞いてはいるけれども、こうまで向う見ずの人とは思わなかった。あれあれ、米友さんに追いかけられて、あの鷲が逃げますよ――逃げるのはいいが、弁信さんを落さなければ――あ、かなわない、鷲の逃げるのよりも、棒に乗って追いかける米友さんが早い、もう、やがて追いつく、鷲は、あれあれ越中の立山《たてやま》の方へ向って逃げるが、逃げ間に合わない、あの分では、米友さんが鷲に追いつくに違いない、追いつけば米友さんのことだから、いきなり鷲に向って組みつくに違いない、いくら米友さんが強いからといって、裸同様の身で、嘴《くちばし》と爪とを持っている鳥の王様にまともに向ってはたまるまい――あれあれ、鷲の仲間が、あの通り、山々から幾羽も幾羽も飛び出して来ました。あれがみんな加勢するでしょう。あれが寄ってたかって米友さんを突っつくに違いない――ああ、天地いっぱいの鷲、米友さんの姿も、それに包まれて見えなくなった。
 星の空はらんかんとして暗い、胆吹山は真黒く、憎らしいほどに落着いている。いつのまにか、大風はやんだのですが、風がやんで、山が澄まし返っているところを見ると、いよいよ胆吹の山というのは、山それ自らが息をする山だというように、お雪ちゃんには感ぜられてなりません。そこからは、地球上のいずれかの低気圧に作用されて起る風とは別に、胆吹自身が持っている呼吸が、夜のある期間には風となってあの通り湧き出すのだ。それが証拠には、山以外の天地はあんなに静かなのに、山自身もまた定期の呼吸というものをやめてしまえば、この通り憎らしいほどの落着きぶり。
 だが、山は
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