であること申すまでもありません。
 ところが、来て見ると、その臥竜梅の下が先客によって占領されていました。その老大木の前には、自分がたずねて来るずっと以前から、おそらく早朝からでありましょう、一人のずんぐりした小柄な桶屋さんが座を構えて、しきりに桶の箍《たが》をはめているところでしたから、お松は、これはいけないと思いました。
 意地の悪い桶屋さん――と、お松としてはそうとれたのもやむを得ませんが、ここで桶屋さんが仕事をはじめて悪いというわけはなし、よし悪いにしても、自分にそれを咎《とが》め立てすべき権能はないのですが、どうも悪いところに桶屋さんが頑張っていると、小憎らしく感ぜざるを得ませんでした。しかも、この桶屋さんは、悠然と、朝からこの大樹の下の日当りのよいところを仕事場に選定してかかっているらしいから、そう急に動き出しそうな様子もありません。
 のみならず、この悠然たる桶屋さんの、いま仕事にとりかかっているのは、天水桶のうちでも優れた大きさを持ったやつですから、これ一つの箍の懸換えをするにも優に一日はかかりそうだ。
 ところが、仕事はそれだけには止まらない。桶屋さんの周囲を見ると、
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