い人影が、むくむくと湧いて来る。七兵衛は身をもって遁れるよりほかは、この際、術《すべ》のなきことを覚りました。

         十三

 それから後、果して、一筋の矢より、ずっと大きな獲物を発見した諸士たちの驚愕は非常なものでありました。大がかりで御殿の上へ持ち出して見ると、それは金光の古色を帯びた名将の兜《かぶと》であり、蒔絵《まきえ》の箱に納まった軸物であり、錦の袋に入れられた太刀《たち》であり――一筋のそれ矢が射出した獲物としては抜群なる手柄であります。
 ただ抜群なる手柄だけでありさえすれば何のことはないのですが、実は、これらの物体は皆、観瀾亭の床下にあるべき品ではなく、五十四郡の伊達家の宝蔵の奥深く存在していなければならないはずの物体のみでありました。
 最初の諸士を中心として、松島のすべて、塩釜方面と瑞巌寺《ずいがんじ》の主なる面々が、みんなこの観瀾亭に集まって、縁の下の獲物の検分に移ると、舌を捲かないものはありません。
 これは検分すべきものでなくして、拝観すべきものである。拝観も容易にすれば眼のつぶれるべきほどの「御家の重宝」ということに一致して、とにかく、無下《む
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